2008 オックスフォード小林多喜二記念シンポジウム開催報告(その7)

Heather Bowen-Struykの「総括とまとめ」の日本語文と英文、島村輝「2008年オックスフォード多喜二シンポジウムコーディネーター公式「総括とまとめ」への補足」全文は以下の通り。

「総括とまとめ」:
Rising to the Challenges 困難でもやりがいのある課題へ向けての決起

Heather Bowen-Struyk(ヘザー ボーウェン ストライク)

今日ここに集われた、志を同じくする参加者のみなさんとともに、2008年オックスフォード多喜二シンポジウムを締めくくることをまことに喜ばしく思います。日本、中国、韓国、オーストラリア、ヨーロッパ、アメリカ、そしてカナダなど世界中から、私たちはこの名高い大学にやってきました。それは小林多喜二の歴史的な、また文学的な仕事に対する学問的関心を共有しているからです。それは単なる学問的関心という以上に、私たち自身が生きる世界のより公正な在り方への切望を惹起するものです。

私たちがオックスフォード大学キーブルカレッジというこの豪華な会場に集うことができたことは多くの方々のご尽力のたまものであり、シンポジウムの内容に触れる前に、お世話になった方々に心から御礼申し上げます。オルガナイザーのLinda Floresさん、島村輝さん、ありがとうございます。Linda Floresさんは、このオックスフォードにあって、私たちのシンポジウムのために、この素晴らしい会場を準備して下さり、彼女の学生の協力を得て、このハリー・ポッターに出てくるような世界で、実務が滞りなく快適に進むために尽力してくださいました。島村輝さんは、素晴らしい研究とたゆまぬ仕事ぶりの双方を通じて日本の学問的仕事に注意を注ぎ続け、今日東アジアから遠路を憚らずこのシンポジウムに来席された東アジアからの研究者が多数に上ったことは、彼を通じての働きかけならではのものであったことは明白です。スポンサーのご後援がなければ、このシンポジウムは何一つとしてありえなかったでしょう。小樽商科大学の山本学長、白樺文学館多喜二ライブラリーの佐野力館長に深く感謝いたします。佐野さんのエネルギーとカリスマは、多喜二の作品が、私たちの生きる「困難の時代」に読まれうるという予感への道しるべを常に示し続けてこられました。多喜二ライブラリーのスタッフの皆さんが行ってくださった多大のサービスと心配りは、特別に認められてしかるべきものです。渡辺貞夫さん、佐藤三郎さん、松浦英雄さん、ありがとうございました。

三日間の日程を通じて、さまざまな、しかも最高の学問的方法を目にすることができました。詳細なテクスト分析、歴史分析、比較分析、理論的分析などです。また検討された素材が広範囲にわたったことも、それ自体として注目されるべきものでした。多喜二の文学作品・論評・手紙、劇・美術・詩、純文学と大衆文学、傾向映画、歴史、リアリズムとシュールレアリスム、アニメと現代文学、今日のワーキングプアと蟹工船ブームについての現代の論調、等々がそれです。多喜二を単一の出発点としながら、このシンポジウムの学問的関心は、池に広がる波のように、時空を貫いて多様な領域に広がる、多喜二研究のもたらす大きな衝撃力を示しました。

私たちオルガナイザーがこのシンポジウムに望み、論文募集要項を記したときに考えたのは、多喜二ライブラリーによって主催された東京での二回の、そして北京でのシンポジウムに示された、過去5年間の多大な努力を引き継ごうということでした。

反響は驚くべきものであり、ご覧のように多くの研究者たちがこの仕事にやりがいを見出して立ち上がってくれました。私たちにとって最大の問題は、多すぎるほどの応募があったことで、取り上げるべき問題があるにも関わらずいくつかの発表をカットし十分な討論の時間を確保することができないままに、三十数件の発表をパネルにまとめざるを得ませんでした。「十分な討論の時間を確保することができない」と申し上げましたが、それはまさに最初のパネルから現実になりました。参集の方々の洞察と活気に満ちた諸問題への対する討論をされたことがそれをはっきり示しています。会議の席上でより多くの討論時間が確保できなかったことをお詫びいたします。どうぞシンポジウム会場を出ても、この討論を継続する気持ちを持ち続けたい、持ち続けていただきたいと思います。

私たちが提示したパネルは、異なるパネルから抽出される共通性という観点からは、不十分であるとも思いますが、にもかかわらず主要な諸テーマについて一つのまとまりをもったものになっています。私たちは多喜二の作品と世界観にみられるジェンダーと女性の役割から始めました。ジェンダー研究には長い蓄積があり、現在も学びつづけられています。しかし未来に向けて考えるとき、私はこの分析装置を男性の役割の分析にも用いるべきだと考えます。いずれにせよ、もし女性の役割が社会的に構築されているものとするなら、男性のそれもまたそのようであるはずだということになります。

Vera Mackie(ヴェラ・マッキー)さんは基調報告で、挑発的な提言を展開されました。「プロレタリア文学」について語るのをやめ、「プロレタリア的読解」について語り始めてはどうか?と。具体的には、プロレタリア文学の中の女性の性的労働を、川端康成の「雪国」のように遠く隔たってみえる作品の隣において考察してみてはどうか。あるいは娼婦の自伝や、かつて「慰安婦」と呼ばれた女性たちの証言と比較してはどうか。そのことによって私たちは倫理的な、Vera Mackieさんの言葉によれば「下から」の読みの方法を切り開くことができるかもしれない、ということです。

残念ながらCurtis Gayle(カーチス・ゲイル)さんは出席されませんでしたが、代読された彼の報告は私たちが多喜二から学ぶことができる、いや学ばなければならない、その核心を語っています。すなわち、現代の権力関係をいかに分析し、いかにそのあり方に関しての抑圧を認識し、いかにそれに抗するか、ということです。すばらしいことに、傷つけられた身体についてのパネルは全体として、脆弱でもあり強靱でもある人体が、不当に傷つけられることを通じて苦痛を刻印する道筋を示しました。また山崎真紀子さんは抑圧と資本主義、メディアの密接な関係を示しました。

目立って新鮮な印象をもたらしたのは、多喜二の生地・秋田県と、幼少時に家族とともに移った半植民地である北の領土・北海道に焦点を据えた地域主義についてのパネルでした。河西英通さんは多喜二の小説「不在地主」から示唆を得つつ、彼が呼ぶ「不在作家」の問題を語り、地域的に異なった、離れた労働者について書くという問題を提示しました。尾西康充さんはアイヌの問題を提起し、多喜二は彼らに対する明らかな抑圧を直接的には描かなかったことへの関心を表明しました。高橋秀晴さんは多喜二の会話表現の、秋田方言での「本場もの」解釈により、思わぬ喝采を浴びました。私には、革命的アイデンティティに関して、「民族(ネーション)」にとってかわる「場」を、地域主義が提示できるかもしれないという考え方は非常に刺激的でした。

「植民地時代のKorea」のパネルでも、秋田と北海道の地域主義についてのパネル同様、1920年代、30年代の日本について研究する私たちに対して、そのすべての多様性と流動性において、植民地時代のKoreaを視野に含めることへの自覚を固めさせるような発表がされました。その際、その歴史に現れた差異を消滅させることなく行うことが重要であることはいうまでもありません。今回のパネルは様々な材料を用い、異なる様々な視角からKoreaについて検討することで、すぐれた成果を上げたといえましょう。

シンポジウムを通じて、発表の質は高かったといえます。一つ一つを検討することはできませんが、総体として、それらの発表は多喜二の生涯と仕事の非凡な活力を明らかにし、村上春樹(山崎真紀子)、松本清張(王成)、秋田雨雀(Cody Poulton)、谷崎潤一郎(内藤千珠子)、宮崎駿(秦剛)、金斗鎔(李修京)ら多様な作家や監督へのアプローチを通じても、多喜二から学ぶ道筋があることを示しました。

最後に、最終日に行われた教育との関係における多喜二についての討論を非常に興味深く感じたことを付け加えます。教師として、自ら多く考えていることでもあり、現在の蟹工船ブーム(今年すでに50万部が動いたといいます)にともなって、今日多喜二の作品を人々がどう読んでいるかという問題を考えるにふさわしい時期となっているように思えます。今年東京でメーデーのデモを目撃した時、ときに「ロスジェネ」と呼ばれる若い世代の人々は、実はそもそもそんなに「失われて」はいないのではないかとの思いを禁じ得なかったのでした。もしかしたら彼らは自分らが引き継いだ世界に抗議する声を獲得しようとしているのかもしれません。

さて、私はこれらの発表の最後に提示された、大事なテーマで、このコメントを締めくくりたいと思います。それは、愛、です。教育と労働についてのパネルで、Adrienne Carey Hurleyさんは多喜二が小説の中で書いた愛について、彼女の学生が読み、理解することを語りました。パウロ・フレイレを引用しつつ、Adrienneさんは、愛は真実であり、多喜二の「真実の言葉」は彼の愛を語っているというのです。こうした考え方が私たちの学問意識をいかに鼓舞してくれるか、計り知れないものがあるのではないでしょうか。

「総括とまとめ」:
Rising to the Challenges

Heather Bowen-Struyk(ヘザー ボーウェン ストライク)

It is my pleasure to be here today with you--with whom I share so much--to conclude the 2008 Takiji Symposium in Oxford. We have come from all over the world--Japan, China, Korea, Australia, Europe, America and Canada--to this storied university because we share an academic interest in the history and literary works of Kobayashi Takiji, an academic interest that, moreover, inspires us to yearn for a more just present in our own world.

Our gathering here in this spectacular setting--Keble College at Oxford University--is made possible by the work of many people, and before I address the content of the symposium, I’d like to thank those who made this possible. Thanks to the organizers Linda Flores and Shimamura Teru. Linda Flores, on the ground at Oxford, secured these spectacular settings for our symposium, and together with her student volunteers, saw to our materials comforts in Harry Potter’s world. Shimamura Teru, through both this excellent research and tireless work, continues to bring attention to scholarly work on Japan, and it is through him, no doubt, that so many scholars from East Asia have journeyed so far for this symposium. Without our sponsors, none of this would have been possible, and I’d like to thank President Yamamoto of the Otaru Commercial College and the head of the Shirakaba Bungakukan Takiji Library Mr. Sano Chikara. Mr. Sano’s energy and charisma continues to offer a beacon of promise that Takiji’s works will be read in our “troubled age.” The staff of the Takiji Library all deserve special recognition for the great service and care they have provided: thanks to Mr. Watanabe, Mr. Sato Saburo and Mr. Matsuura.

Over the course of these three days, we have witnessed the best of diverse scholarly methodologies: close textual analysis, historical analysis, comparative analysis and theoretical analysis. And the range of materials discussed is itself admirable: Takiji’s literary works, commentaries and letters; drama, visual art and poetry; junbungaku and popular literature; New Tendency films; history; realism and surrealism; anime and contemporary literature; contemporary journalism on the working poor and the Kani kosen boom; etc. With Takiji as the single starting point, the scholarship at this symposium has nevertheless spread like waves in a pool to show the great impact that Takiji research has on diverse fields through time and space.

When we, the organizers, thought about our hopes for this symposium and wrote the call for papers, we realized that we wanted to build on the tremendous efforts of past symposia in the past five years: including two in Tokyo hosted by the Takiji Library and one in Beijing. We wanted to building on this foundation, and so we asked for papers that would address not only Takiji’s works in his own day, but also the question of how the unfinished issues of proletarian literature--such as gender, imperialism, regionalism, representation and labor conditions--continue to be important in our own day.

The response was incredible, and as you have witnessed, many scholars rose to the challenge. Our biggest problem was that we received too many proposals, and while it is a good problem to have, still we were forced to cut some out, and squeeze the remaining 30 plus presentations into panels with not enough discussion time. I say, “not enough discussion time,” because it was clear from the very first panel, that you all came here to discuss these issues with insight and energy, and I’m sorry that we did not have more time to do that within the space of the conference. But let us take that as a challenge to continue our discussions outside the space of this symposium.

The panels we put you in failed to contain you, as points of commonality bled across different panels, but they nevertheless tell a story of the key themes. We began with gender and the role of women in Takiji’s works and worldview. Gender studies have brought us a long way and we continue to learn, but as we look to the future, I think we should use these analytical tools to analyze the roles of men as well: after all, if the role of women is socially constructed, then so too, is that of men.

Our keynote speaker, Vera Mackie, extended a provocative challenge: what happens we stop talking about “proletarian literature,” and start talking about “proletarian reading”? In particular, she suggested that if we put sexual labor by women in proletarian literature next to other works as diverse as Kawabata Yasunari’s Yukiguni, autobiographies from prostitutes, and testimonies from former so-called Comfort Women, that we might be able to develop a reading method “from below,” as she put it, an ethical reading method.
I am sorry that Curtis Gayle was unable to join us, but his paper read in absentsia speaks to the very heart of what we can—no, what we must—learn from Takiji: how to analyze contemporary power relations and recognize repression for what it is, and then protest against. Bravo. The entire panel on injured bodies demonstrated the way that human bodies--both frail and strong--register oppression through injury, and Yamasaki Makiko demonstrated the close ties between oppression, capitalism and media.

A panel that came to life with remarkable freshness was the panel on regionalism which focused on Akita-ken, the rural area where Takiji was born, and Hokkaido, the semi-colonial northern territory where his family moved when he was a small boy. Kawanishi Hidemichi described what he called the problem of “absentee writers,” taking a lesson from Takiji’s novella “Absentee Landlords,” and the problem of writing about laborers in distant, regionally distinct areas. Onishi Yasumitsu raised the issue of the Ainu, expressing concern that Takiji did not directly criticize their obvious oppression. And Takahashi Hideharu received an unexpected round of applause for his authentic interpretation of Takiji’s dialogue in Akita dialect. I found particularly intriguing the idea that regionalism could have presented an alternative locus (instead of the nation) for revolutionary identity.
The panel on colonial Korea, like the panel on regionalism in Akita and Hokkaido, presents a challenge for those of us who work on Japan in the 1920s and 1930s to include colonial Korea--in all of its heterogeneity and fluidity--without erasing the difference presented by its history. The panel at this conference did an excellent job by discussing Korea from different viewpoints and using different kinds of materials.

The quality of presentations across the symposium was excellent, and while it would be too much to discuss each individually, taken together they demonstrated the extraordinary vigor of Takiji’s life and works, and the way that we can learn from it even while we approach other writers and directors as diverse as Murakami Haruki (Yamasaki Makiko), Matsumoto Seicho (Wang Cheng), Akita Ujaku (Cody Poulton), Tanizaki Junichiro (Naito Chizuko), Miyazaki Hayao (Qing Gang) and Kim Doojong (Yi Sookyung).

Lastly, I was very interested in the discussion of Takiji in relation to education on the last day. This is something that I think about a lot, as a teacher, and now with the Kani kosen boom (and half a million volumes moved this year already), it seems like the time is right to think about how people today are reading Takiji’s works. As I watched the May Day demonstrations in Tokyo this year (http://www.youtube.com/watch?v=-nPtxqAyQHs&feature=related), I couldn’t help wondering whether the generation of young people, sometimes referred to as the “lost generation,” isn’t so lost after all—maybe they will find a voice to protest against the world they have inherited.

I would like to finish up these comments with a final challenge presented to us these papers: love. In the panel on education and labor, Adrienne Hurley suggested that her students read and understand the love that Takiji wrote into his fiction. For Adrienne, quoting Freire, love is truth, and Takiji’s “true words” tell of his love. How does such an idea challenge us in our scholarship?

2008年オックスフォード多喜二シンポジウム
コーディネーター公式「総括とまとめ」への補足

島村 輝

2008年オックスフォード多喜二シンポジウムは、およそ1年半にわたる準備期間を経、各方面にわたる研究者・愛好者らの熱意、会場校オックスフォード大学やスポンサーによる手厚いバックアップなどを得て、成功のうちに幕を閉じることができた。「総括とまとめ:Rising to the Challenges 困難でもやりがいのある課題へ向けての決起」はコーディネーターの一人であるヘザー・ボーウェン=ストライクによるものだが、その内容については三名の共同コーディネーターの協議を踏まえており、これが公式のシンポジウム総括文書となる。以下、公式総括文書では触れることができなかった若干の点について、補足的に申し述べておきたいと思う。

本シンポジウムは多岐にわたる内容を含み、発表者も多数にのぼるものだった。そのため、組まれた分科会の司会・討論誘導をコーディネーターのみで分担することができず、いくつかの分科会について、発表者のお一人に「司会・ディスカッサント兼任」という役目を引き受けていただくことになった。短い発表時間の中に、他の発表者の見解へのコメントを盛り込み、パネル全体の関連付けをするという大変な役目を担っていただいた「司会・ディスカッサント兼任」の発表者に、心から感謝する次第である。

「司会・ディスカッサント兼任」の発表者は、具体的には第一分科会「女性――身体とメディア」の中川成美さん、第三分科会「地域と植民地主義」の小森陽一さん、第六分科会「植民地時代のKorea」の朴眞秀さんのお三方だった。どなたも国際学会で活躍されているベテランであり、見事にこの難業をこなしてくださった。

第一分科会のまとめと討論リードをされた中川さんは「家族とジェンダーという二つの柱によって、多喜二の内的な想像力は醸成されていった」のではないかという発想をもとに1927年の作品「残されたもの」に着目し、芸術大衆化論争に現れた問題に関連して「多喜二にとっての大衆は憐れみの対象ではなく、また子供のようにナイーブな無知に生きる人々を救済することでもなかった。意志的な行為と、それに匹敵する絶望を抱え込んだ大衆像は「蟹工船」でいかんなく描ききられるが、その余滴のように未完のままにおわったこのジェンダーの問題について、多喜二研究のなかで考えていくべきではないか」という問題を提起された。最初の分科会であったにも関わらず、会場からは熱気のこもった質問や意見が引き出されていった。

第三分科会は「総括とまとめ」にもあるように、それぞれの発表者の見解が相互乗り入れしつつ、微妙に中心を異にするという、興味深く、かつ複雑なものだった。小森さんは他のお三方の発表をあえて「まとめる」という姿勢ではなく「それぞれが意見を言い合う」という方向に討論を設定し、パネラーと聴衆との垣根を低くしてくださった。小森さんみずからの発表も「植民地空間としての「蟹工船」――差延(ディフェランス)の集団」と題する大変刺激的なものだった。「集団(グループ)」を描く」という多喜二の方法が、具体的にはどのような記述の方法によって、まさしく「集団(グループ)」として描かれることになっているのか、その道筋を解明しつつ、仲間の死に対する「喪の作業」(フロイト)を通して、「抵抗する者としての在り方」を獲得するというところにこの作品の眼目があり、それこそ「歴史的暴力」をめぐる「応答責任」を問う条件となると論じたのである。現代思想の先鋭な方法を用いながら、パネルのテーマである「植民地主義」を抉る論は、参加者に感銘深く受け止められたと思う。

第六分科会はそのテーマ自体も第三分科会と密接に関連するものだった。アメリカ合衆国からの一人、韓国から三人という構成で、英語による発表が続いたところにも、このテーマが抱える歴史性が表れていたと思う。朴眞秀さんは他のお三方の発表や、シンポジウム全体の流れを受けて、植民統治下の「韓国」での近代小説とプロレタリア文学運動の展開を跡付け、そこから「交代時間」という具体的な作品の構成を分析して、表現の面から「国際的な連帯」がどのように表現されているかを明らかにした。「民族主義」という言葉の示す内容は、たとえば韓国語、中国語と日本語とでも、同一ではない。植民統治とそこからの「解放」の歴史をめぐっての背景が、そこにはつきまとっている。この大事な問題に、改めて注意を喚起させてくれるパネルのリードぶりだった。

このお三方のリードによるパネルを含めて、コーディネーターが司会等を担当した分科会でも、それぞれの発表者相互の間、またパネル相互の間の内的な連関が、発表とディスカッションを通じて次第に鮮明になり、そのことが全体としての成功に結びついたと考えている。コーディネーターの一人として、ここに改めて、パネル・リーダーおよび発表者、会場の参加者の皆さまにお礼を申し述べたい。

[2008/10/9]

白樺文学館 - 小林多喜二の書簡 常時展示中

時代を撃て・多喜二