2008 オックスフォード小林多喜二記念シンポジウム開催報告(その6)

シンポジウム第3日目、最終日となった9月18日は Pusey Roomで、9:00から第7分科会 円卓討論「労働と教育に関する諸問題」が、Heather Bowen-Struyk, 島村輝の両氏を司会に、北村隆志(日本、日本民主主義文学会幹事)、岡野幸江(日本、法政大学講師)、岡村洋子(日本、享栄学園鈴鹿高校教諭)、Adrienne Carey Hurley(カナダ・McGill大学)の4名が発表した。

発表概要は、以下の通り。

北村隆志氏北村隆志氏

北村隆志=「「蟹工船」と現代青年」は、日本で起きている「蟹工船」ブームの推移を紹介し、「蟹工船」エッセーコンテストが青年のなかに「蟹工船」と共鳴する鉱脈があることを誰にも分かる形で示したことの意義を強調。この間の「蟹工船」ブームを報道するメディアの社会意識変化、「蟹工船」の作品が80年を経て再びブームになっている生命力を、労働者の決起を必然と感じさせる力、非正規社員と社員の垣根を越える団結の力、とりわけ小林多喜二の大衆をとらえるすぐれた物語性にあると分析。多喜二が権力がこしらえる「虚偽の物語」を打ち破り、「私たちの物語」を対置して「軍隊が労働者を守る」という虚偽を「蟹工船」であばいたこと。「沼尻村」「党生活者」「地区の人々」の反戦3部作では、戦争で生活がよくなるという政府の宣伝に人々がとらえられている様を繰り返し描いたこと。特に「地区の人々」では、千人針に協力した街娼がお国に貢献できたと興奮する印象的なシーンを創作したことなどを通じ、多喜二の物語作家としての資質の特長を論じた。

岡野幸江氏岡野幸江氏

岡野幸江=「「女工哀史」とグローバリズム」は、『蟹工船』に先立ち1925年7月に刊行された細井和喜蔵の『女工哀史』(改造社)が、従来日本の資本主義労働の実態を描き出した古典的な名著としの位置を与えられてきたが、実は第一次世界大戦を契機にして飛躍的に高まっていた資本主義の生産力と、それに即応して展開されていた産業合理化運動の様相であり、労働の強化と競争の激化のなかで追い詰められていく労働者たちの問題だったのではないかと問題提起。それは日本だけの問題ではなく第一次大戦を契機にしたグローバル化の進展のなかで起きていた問題として考察する発表。従来言及されてこなかった、この頃採り入れられた「科学的管理」の問題に焦点を合わせ『女工哀史』を読みなおすことで、今日の市場原理と自由競争が支配するグローバリゼーションが世界を席巻するなかで、近代の目指した進歩と開発がどのような犠牲を強いてきたのか、また労働における人間性の回復と政治における公平性の回復のために何が求められているのかを考えていく上で、『女工哀史』や『蟹工船』は今まさに世界的に読まれるべきテクストではないかとする。

岡村洋子氏岡村洋子氏

岡村洋子=「平和教材として読む「蟹工船」」は、勤務している高等学校における「蟹工船」読書を通じた平和教育実践報告。各自が受け取った多喜二からのメッセージを生徒たちなりの言葉を駆使して表現している高校生の声などを紹介。成長過程において生徒たちの心に留まり記憶に残っていく作品とそうでない作品との違いはどこにあるのか、戦争の記憶の継承にも大いに関わる問題として考え続けたいと提起した。

Adrienne Carey Hurley氏Adrienne Carey Hurley氏

Adrienne Carey Hurley=「Teaching Takiji: Pedagogies of Love and Liberation」は、昨年まで勤務していたアイオワ大学での、小林多喜二を教材とした教育実践レポート。昨年の春に、約100人の学生がいる日本研究の初級コースで「同志「田口」の思い出」に関するノーマ・フィールド(シカゴ大学教授)の翻訳を読ませ、クラス討論をさせた。最初はとまどっていたクラスが、多喜二の作品を読むことによって自分がなぜ貧しいのか、自分がどういう階級に属しているのかを自覚し、変化した。以前は「組合」が口にすべき言葉ではないと考えていた大学院生(彼女は日本人である)は、組合役員になって、活発に仲間の権利を守ろうとするようになった。資本主義、新自由主義の下での若者の不満や不信に対し、多喜二のたゆまぬ誠実さは極めて近づきやすい解毒剤の役割を果たす。彼の真実の言葉に数十年後の日本の若い読者が共鳴するように、アメリカやカナダでも、その作品をさらに容易に読むことができるようになれば、ブームが起こりうる可能性がある、と論じた。

11:00 からは、最後の分科会となる第8分科会「多喜二と映画」がPusey Roomで、Linda Floresを司会として、宜野座菜央見(鶴見大学非常勤講師)、 秦 剛(中国・北京外語大学教授)の2名が発表を行った。

発表の概要は、以下の通り。

宜野座菜央見氏宜野座菜央見氏

宜野座菜央見=「 The Age of Agitprops ? : Japanese Cinema in the Season of Disput――アジトプロップの時代 ? : “争議の季節”の日本映画――」は、社会の動向がいまだ不透明であった1930年前後の日本映画の状況に着目し、映画が、同時代の社会状況から何を掬い上げ何を投げ返したのか、その社会認識において示された可能性と限界を、天皇を戴く日本の資本主義社会の支配的イデオロギーとの関連において考察した発表。焦点化するのは“争議の季節”と呼ばれた1930年を中心とした数年に際立った2つの映画群――社会の不正を大胆な映画的表現で指弾した傾向映画、形式と内容の双方で斬新さを目指したプロキノで――それぞれのイデオロギー的特徴、相関関係、共通項を論じた。『蟹工船』で、弁士が会社から「勤勉」を強調するよう指示されてきたというシーンなどにも言及した。

秦剛氏秦剛氏

秦 剛=「小林多喜二と宮崎駿:一九二九年に交差する歴史と表象――『蟹工船』と『紅の豚』をめぐって」は、オホーツク海の工場船で非人間的な労働を強いられる労働者たちがストライキをする過程を描いた小林多喜二の『蟹工船』誕生の1929年から60年経た1989年頃から、20世紀の人類社会を大きく揺さぶった社会主義運動が大きな挫折を迎えた後に、1929年を背景に、真っ赤な飛行艇でアドリア海の上空を飛ぶ一匹の「豚」を描いた宮崎駿監督のアニメ映画『紅の豚』と『蟹工船』の2つの作品の接点を検証することによって、日本プロレタリア文学の精神が現代に受け継がれる有り様を明かし、その歴史的価値と今日的な意義に新たな視点から光を当てた発表。多喜二の映画論にも言及、「紅の豚」のエンディングでパリ・コミューンに始まる社会主義運動の歴史を描いた、数多くのイラストが写し出されることを紹介し、社会主義者がファシストに「豚」と呼ばれ、また労働者たちが監督に「豚」と呼ばれる『蟹工船』との共通性を指摘し、宮崎駿があえて「豚」の男を主役にした映画を作ったことの意味を解明した。

13:30 からはLinda Floresの司会で、閉会式が行われ、コーディネーターを代表してHeather Bowen-Struykが「総括とまとめ」を行い、佐野力・白樺文学館館長が主催者挨拶を行い、島村 輝が閉会宣言を行った。

コーディネートを担当された3氏コーディネートを担当された3氏
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最終日一堂に集まった参加者
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その後14:10 より、山村聰監督の映画「蟹工船」を鑑賞し、すべてのプログラムを終了した。
(2008年10月7日 シンポジウム事務局 佐藤三郎)

[2008/10/9]

白樺文学館 - 小林多喜二の書簡 常時展示中

時代を撃て・多喜二