2008 オックスフォード小林多喜二記念シンポジウム開催報告(その3)

今回のシンポジウムは公式言語を英語、日本語の2言語とし、14:00 より中川成美(日本・立命館大学文学部教授)を司会(発表者、ディスカッサント兼任)に、第1分科会「女性――身体とメディア」が行われ、神村和美(日本・社会文学会)、Reiko Abe Auestad(ノルウェー・オスロ大学教授)、Linda Flores(英国Oxford大学 Pembroke大学准教授)の計4名が発表した。

発表概要は、以下の通り。

神村和美氏神村和美氏

神村和美=「言説の彼方・空白の力―「救援ニュースNo.18附録」を中心に」は、言説の彼方にある現実を生きる存在としての女性を描き、言葉の力だけではなく、スローガンとは異質な少女の文体と空白の力を用いて、社会を撃つ言葉を持たないと思われがちな弱者の言葉にこそ、耳を傾けるべきという多喜二のメッセージの考察。「救援ニュース」が、初期の多喜二文学にみられた貧困・売春というモチーフを保持しながら、<前衛の遺族>というモチーフに絡んだ同時代の言説と多喜二のテクストとの相違点、記録を綴る少女の状況を告発する空白などを、多喜二文学を通してみる現代の児童虐待や売買春に言及して読み解いた。

Reiko Abe Auestad氏Reiko Abe Auestad氏

Reiko Abe Auestad=「Kobayashi Takiji, Strindberg’s Miss Julie, and the Realist View of the ‘Body’”」は、小林多喜二がストリンドベリの研究に取り組んだこと、その評論「ユリイ嬢にあらわれたストリンドベルクの思想と態度」を評価の対象としたプレゼンテーション。「令嬢ジュリー」(1888)で、爛熟した25歳の肉体をもつ伯爵令嬢ユリイと、世渡り上手な馬丁ジャンとのセックスと階級闘争との戦いに関する徹底した自然主義者として描いたストリンドベルクに注目した多喜二を論じた。特にストリンドベルクの自序を多喜二が読み解いたことを評価し、反女権拡張主義者の議論のいくつかを再生し、ストリンドベルクの序文と多喜二の随筆の基本的な原理や、「Body」の「現実主義者」の視点などにも言及した。

Linda Flores氏Linda Flores氏

Linda Flores=「Women in a Troubled Age: Negotiating Class and Gender in Takiji’s “Yasuko’」は、「蟹工船」と「安子」(「新女性気質」改題)を素材に、多喜二が労働者、活動家として女性にどういう問題意識を持ち描こうとしたのかを、作品における女性たちの役割を分析して、その階級意識と女性観を論じた。まず冒頭、彼の最もよく知られている「蟹工船」の冒頭における女性観に、この作がプロレタリア文学として社会矛盾を告発する衝撃をもっていることを評価することで全的な否定にはいたらなかったものの、女性の描写に関して懐疑的にならざるをえない懸念をもっていたことが告白された。それは、それまでのプロレタリア文学の多くの作品のなかの女性たちが「革命の可能なエージェントではなく、あわれみと同情の対象」にすぎなかったことにも起因するものだった。その2年後の「安子」は、安子という売春婦は、資本主義的なシステムの下における労働者としての苦しみをへて、プロレタリア革命の有能なエージェントとして成長する。この作は、私たちに、性産業で働く女性の階級性をどう解釈するのかとの問いに対する、一つの回答を与えるものとして位置づけることができるとした。

中川成美氏中川成美氏

中川成美=「小林多喜二における《大衆》―メディア・ジェンダー・ヴィジュアリティ」は、「蟹工船」のブームの背景にある、9・11以降急速に顕わになるグローバル化した世界の構造的矛盾におけるまったく新しい芸術大衆化問題が浮上してきている。1920年代末にプロレタリア文学運動内部のみならず、当時の文壇全般に波及して闘われた「芸術大衆化論争」、「芸術的価値論争」、および「形式主義文学論争」というプロレタリア文学論争の再提出と再審問がいま、なされようとしているとの視点から、蔵原惟人と中野重治の「大衆」を分析し、多喜二における女性・ジェンダーとセクシュアリティの問題を論じた。

16:00よりは、Vera Mackie(オーストラリア・メルボルン大学学術振興会専門研究員、歴史学)が、「帝国日本における仕事と性とテクスト=Sex, Work and Text in Imperial Japan: Strategies of Reading」と題した基調講演を行い、その後、場所を中庭に移してガーデンパーティー形式の懇親会、ダイニングホールでの夕食会で初日の日程を終えた。

Vera Mackie氏Vera Mackie氏

基調講演でVera Mackieは、「プロレタリア文学」について語るのをやめ、「プロレタリア的読解」について語り始めてはどうかと切り出し、たとえばプロレタリア文学の中の女性の性的労働を、川端康成の「雪国」のように遠く隔たってみえる作品の隣において考察してみてはどうか、また娼婦の自伝やかつて「慰安婦」と呼ばれた女性たちの証言と比較してはどうかと具体例をあげて提言。そのことによって私たちは「下から」の読みの方法を切り開くことができるかもしれないなどと語った。

夕食会では、松浦英雄・白樺文学館トレジャラーとLinda Flores両氏の司会で、Theo Van Lint教授(Oxford大学 PembrokeCollege)、香山リカ(精神科医、立教大学教授)、北川フラム(女子美術大学教授)、小森陽一(東大教授)の各氏からあいさつをいただいた。 最後に渡辺貞夫白樺文学館副館長が三三七拍子で盛り上げ、夕食会を締めくくった。

懇親会でギターの腕前を披露する島村輝教授懇親会でギターの腕前を披露する島村輝教授
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なごやかに交流する参加者なごやかに交流する参加者
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夕食会でご挨拶いただいたTheo教授ご挨拶いただいたTheo教授
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ご挨拶いただいた香山リカ教授ご挨拶いただいた香山リカ教授
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[2008/10/9]

白樺文学館 - 小林多喜二の書簡 常時展示中

時代を撃て・多喜二